
Stray
開発: BlueTwelve Studio発売: Annapurna Interactive¥2,100
アドベンチャーインディー
Steam レビュー
非常に好評
PlayNext レビュー
猫になってゲームをプレイする、という体験はこれまでにも存在した。しかし『Stray』が提示したのは、単に「猫の見た目のキャラクターを操作する」ことではなく、「猫という生き物として世界を生きる」という感覚だ。ソファの端を爪でひっかく、冷蔵庫の上から物を落とす、狭い隙間をするりと通り抜ける——それらはゲームの本筋とはまったく関係のない行為でありながら、プレイヤーはついボタンを押さずにはいられない。このゲームの本質は、猫に生まれ変わった者だけが味わえる視点の転換にある。
廃墟と化したサイバーシティを舞台に、野良猫の主人公はあてもなく迷い込み、そして帰り道を探す旅に出る。世界観の設計が非常に秀逸で、かつて人間が暮らしていた都市がロボットたちによって継承されているという設定は、プレイ中に一切説明されるわけではなく、街の隅々に残された痕跡からじわじわと伝わってくる。壁に貼られたポスター、誰かが書き残した落書き、ショーウィンドウに並んだまま誰も手に取らない商品たち。テキストや会話で語られる部分よりも、この「見ること」で積み上がる世界理解の快感が、このゲームを何時間でも歩き回りたくなる場所に変えている。
操作感は非常にシンプルで、アクション初心者でも迷うことはない。走る、ジャンプする、そして要所では周囲のオブジェクトに「乗る」指示が画面に表示される。猫特有の動きは自動補正が丁寧に効いており、屋根から屋根へのジャンプで「惜しくも届かなかった」というストレスが起きにくい設計だ。道中に登場する小型ロボットのBが情報端末として機能し、プレイヤーへのヒントや世界の説明を担ってくれる。このBとのコンビが絶妙で、何も言わなくても傍にいてくれるだけで心強い——猫と相棒という組み合わせが、一人旅のはずなのに孤独を感じさせないバランスを生んでいる。
ビジュアルは現行世代機クオリティを存分に活かしており、特に光の表現が際立っている。霧がかった路地に差し込むネオンの光、水たまりに映る看板の反射、雨粒が窓ガラスを伝う様子——サイバーパンクという題材でありながら、どこか詩的な静けさをまとった映像は、スクリーンショットを撮るたびに「ここが絵になる」と実感させる。サウンドトラックもゲームの雰囲気と完全に噛み合っており、探索中は穏やかで内省的なメロディが流れ、緊迫した場面では一転して緊張感を煽る音楽に切り替わる。ただし最も印象的なのはBGMよりも環境音で、雨音、ロボットたちが交わす機械的な会話、そして猫の鳴き声と足音——このサウンドデザインの密度が世界への没入感を大きく底上げしている。
同ジャンルで比較されやすい作品として『Journey』や『ABZÛ』が挙げられるが、あれらが「流れに身を委ねる体験」を提供するのに対し、『Stray』は小さいながらも謎解きや探索の要素があり、プレイヤーの意思で世界を読み解いていく構造になっている。また近年では「歩きゲー」と呼ばれる探索特化型アドベンチャーが増えているが、本作はそこに猫の身体能力という物理的な自由度を加えることで、純粋な散歩以上の能動的な楽しみを確保している。アクションとしては『Firewatch』や『What Remains of Edith Finch』の系譜に近い温度感だが、難易度は更に低く間口が広い。
クリアまでのプレイ時間は、寄り道をしながら進めると8〜10時間ほど。章ごとに構成されており、記憶機能があるためセーブポイント間でやり直しを余儀なくされるケースもある。コレクター要素として楽譜の収集や特定の行動によるアチーブメントが用意されており、実績コンプリートを狙うなら追加で2〜3時間は見ておきたい。一度クリア後に全エリアを自由に歩き回れる要素はなく、各章ごとのチャプターセレクトで収集要素を回収する形になる。周回プレイへの動機付けは薄いが、エンディングを見た後にもう一度最初から歩き直したくなる作品でもある。
注意点を正直に挙げると、ゲームとしての難易度はほぼ存在しないと言ってよく、「挑戦したい」「攻略を考えたい」という欲求は満たされない。また一部の場面ではステルス要素があり、敵の視界から逃げながら進む局面もあるが、緊張感は演出的なものにとどまる。苦手な人への配慮として難易度調整オプションが後のアップデートで追加されたが、そもそもこのゲームを「難しいゲーム」として評価する基準は当てはまらない。長い物語を求めるプレイヤーには、10時間という尺が短く感じられる可能性もある。
このゲームを強くおすすめしたいのは、猫を飼っている・好きな人は言うまでもなく、「静かで美しい世界を歩き回ることに価値を感じる人」全般だ。ゲームに慣れていない人が初めてコントローラーを握る作品としても相性が良く、年齢や経験を問わず楽しめる作りになっている。一方で、バトルやレベルアップ、スキルツリーといった要素を求めているなら物足りなさを感じるだろう。「ゲームをクリアする達成感」より「ゲームの世界に浸る満足感」に比重を置くプレイヤーにとって、『Stray』は長く記憶に残る一本になるはずだ。
スクリーンショット











